3人の子連れシングルファザー主夫がその日常生活を公開!  子育ての記録、お出かけの記録、大切なお話、メッセージなど。

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私は、いらないモノを捨てる(もしくはリサイクルに出す)のが大好きだ。趣味と言っても良いほど、好きだ。

もちろん21世紀は環境の世紀だと思っているので、ただ捨てるような事はしない。捨てる以前に、まず買わないというのがある。が、買ってしまった以上は、そのものに感謝しつつ、ぶっ壊れた順、必要がなくなった順に、どんどん捨てる。

実は、ここに、私の宗教観が隠れている。

私は妻の死、そして葬式をキリスト教会であげてもらったのをきっかけにして、大体6割方、キリスト教徒になった。以前からずっと、葬式仏教に幻滅していたのもあり、教会で葬式をあげた時、初めて「これが本当の葬式だ」と思えた。

死者に対して、というよりも遺族に対しての姿勢は、ただ単にお布施をもらって形式だけ経を唱え、心に響かないありきたりの説教をするだけの現代仏教とは大いに異なっていて、大変癒された。

葬式仏教の場合、お金を出すと坊さんが戒名を発行し、経を唱え、提携する葬儀屋がそれをサポートする。ところがキリスト教会では、いつも教会に出入りしている人たちが、無償で奉仕して、牧師をサポートする。もちろん葬儀屋もいるが、葬式仏教と彼らとの連携に比べると、教会のそれは著しく希薄だと感じた。

(ただし、現代の坊さんは葬式の時くらいしか収入が無い、とも言える。その点、キリスト教会は葬式の時に集中的に集金するのではなく、日常的な祈りの場で、寄付を募る。キリスト教が「葬式キリスト教」化しないのは、このためかな?とも思える。)

妻の葬儀以来、私は寺社仏閣を訪れても、ほとんどお賽銭は入れないし、手を合わせる事を、しなくなった。身内の法要で、お寺で法事があった時も、親族が何と言おうと、手を合わせたりしない。

先日も、父親の法事があってお寺を訪ねたのだが、寺で大いに失望した事があった。まず、住職。女の住職で、一見物腰が柔らかな印象があって、良さそうだ。が、施主の名前を間違えて、それを指摘したら「謝る」という事をしなかった。

「このようなケースもあるので、事前にきちんと確認しなくてはなりませんね」などと言っていた。坊さんの世界には、自ら謝る経験が、無いのだろうか? 「申し訳ありません」の一言も言えない坊さんなんて・・・・・、会社の営業マンだって一日に何度も頭下げているってのに、そのような経験を踏まずに、住職になったのだろうかと、疑問を感じた。

それと、寺の柱に何枚もぶら下げられた「寄付金」の金額と氏名を表示した紙・・・・。大概が5万円程度の中にあって、「亡き我が子のために」と称して、「金100万円」と言うのまでぶら下げてあった。

寄付した人の気持ちは分かる。が、金額なんぞをどのような理屈があって表示してあるんだろうか?まるで、金額を競わせているかのようだ。営業マンの成績を競わせている会社に似ている。

他にもあげたらキリがないほど、今の仏教には幻滅しているのだが、じゃあ完全にキリスト教徒になれるかと言うと、そう簡単にはいかないから困ってしまう

第一、今さら神を信じなさい、と言われても信じるわけにはいかない。イエスの再臨を信じることができなければ、本当のキリスト教徒ではないな、と思う。

もともと私は自然が大好きだ。人間がどこから来てどこに行くのか、小さい頃から考え続けて来てたどり着いた結論は、「人は自然の中に生まれ、自然に還る」であった。だとすると、日本古来の宗教観、全国至る所に様々な神が存在し、自然界とか、森の中とか、そういう所に精霊が宿ると言い伝えられて来たような世界に、非常に近い。

となると、一神教の世界観であるキリスト教と、相容れないものがある。

妻が死んで、表面的にはキリスト教徒的になったけれども、実際のところは、自然に身をゆだねる無神論者、とでも呼べば良いのだろうか。

人は死んだらどうなるのか? もちろん、天国になど行くとはさらさら思っていない。天国も無いので、地獄も無い。人は死ぬと、現代の日本なら火葬される。ごく一部はガイコツとなって墓地に埋葬されるが、大半は二酸化炭素、その他のガスとなって、大気に散らばってゆく。

つまり、死ぬと地球環境そのものと一体化する、という感覚が非常に強い。そしてその地球環境は、今生きている人にとって不可欠なものとなる。二酸化炭素は植物に取り入れられ、酸素に変わり、人間に戻ってくる。植物自体を食べて、人間が体内に取り込む場合もある。

死んだ妻は、自然界の一部になって常に私たち家族の身の回りに存在し、あるいは既に彼女の一部を自分の体に取り入れているかもしれない。

こう考えると、キリスト教とか仏教とか、そんなものはどうでもよくなってしまう。私にとっては妻の亡きがらも、要らなくなって捨てるゴミも、どちらも地球上の一つの物質にすぎないので、ともに重要であり、平等である。人間であった妻も、不要になったフライパンも、処理されることで地球上を循環し、後世に伝わって行く

千の風になって、という歌に大いに共感を覚えるのも、そういった宗教観があるからである。恐らく、昨日記事にした
バカの壁の養老氏も、似たような感覚を持っておられるのではないかと思った。

さて、今日自分の宗教観など、こんな事を取り上げたのには、実はもう一つ理由がある。久しぶりに
大槻教授のページというブログを見てみたら、「江原スピリチュアルの大嘘を暴く」という本が発売になったと書いてあったので、さっそく書店で購入し、読んでみたからこそ書いてみたくなった、という部分も大きい。

 ⇒
江原スピリチュアルの大嘘を暴く

この本、タイトルの過激さの割に、書店で目立たないように売られている。なぜなら、この本が売れて、江原氏への逆風が吹くと、多くの出版社の売り上げに影響があるし、大手チェーン書店も困る。

かといって取り扱わないのも何なので、結構ひっそりと売られている印象だ。肝心の中身については?・・・・、次回取り上げてみたい。


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コメント
この記事へのコメント
宗教観って色々ですよね。
私は、死んだらそれぞれの人の考えている通りになるだろうなぁ~
って思ってる。
自然に還るっていいですね。
私は、無にはならないだろうなぁ~って思ってます。
次回楽しみっ。
2008/04/19(土) 20:57 | URL | いちご #-[ 編集]
うーん、本当いろいろなんですね。
私は、キリスト教!とか仏教!とか・・そういうのはよく知らないし分からないけど、漠然と神様はいて天国もあると思ってますねぇ。
かなり漠然と・・。
この記事を読んで、そういう考え方素敵!と思いました。
自然に還る・・良い言葉です。

いつも考えさせられる記事ありがとうございます★
2008/04/19(土) 23:18 | URL | ゆうママ #-[ 編集]
いちごさん

そうですね、100人いれば100通りあるんでしょう。
私ね、生き物と生き物ではないものって、取り立てて境界線が無いと思ってるんです。分子とか原子のレベルになると、人間は大半が水でできていますし、地上の多くも水でできている・・・・。死んだらそういうものに変わって、世界を巡り巡って行くんだろうなあと思います。っという事は、無料で世界一周もできる!何たる安上がり! 好きなとこに行こっと。

ゆうママ

神様と天国って、よく使う言葉だけど、これはキリスト教の世界ね。仏教はもっと、死後いろんな世界がある。それと、キリスト教は唯一絶対の神がすべてを作った、となるけど、仏教は厳しい修行を行えば、自分自身が仏さま(つまり神様)になれる、という違いがあります。
同じ種族(ヒト科ヒト)でも、作り出す世界観は相当異なるって事です。けれども洋の東西を問わず、死んだら体は地球の構成要素、まあ宗教チックに言うと、宇宙と一体化する、っつう事になりますね。
2008/04/20(日) 19:35 | URL | コメレスです #ZTGLyrdM[ 編集]
森羅万象すべてに神が宿るっていう、やおよろずの神の信仰ですよね
こういう日本古来の宗教観は、私も共感できます
そもそも創生主を語る宗教は、好きではありませんので…
死んだらどうなるかが不安な人のために宗教は存在するのか?
あるいは、残された人の慰めのためか?
それならば、私には必要ありませんね
墓参りもしない、線香もあげない悪い嫁は、肩身が狭いですが(笑)

2008/04/21(月) 00:22 | URL | あーちゃん #-[ 編集]
うちには墓も、ちゃんとした仏壇もないので(実家に位牌を置く仏壇モドキはあった)、大変に身軽なのですが、あればあったで、やはり子供の頃から親の教えと習慣で、手を合わせたり掃除をしたりはするでしょうね。
結局は、死者を蔑ろに出来ない、遺族の心の問題ではあるんですが。

わたしは子供に
「神戸の海に還りたいから、散骨にしてね」
と常日頃から頼んでます。
自身では、墓も仏壇も不要です。それに子供が縛られるのは御免です。
2008/04/21(月) 17:09 | URL | かのこ #kwzMfkEo[ 編集]
あーちゃんさん

確かに、肩身狭いですよね(笑)。おっしゃるように、死への恐怖心の克服と、残された者の精神の癒し、これらを追求した結果、作り出したのが宗教なんだと思います。宗教はいわば、人類の英知の結晶という側面もあるかと思ってます。
サルの世界には宗教はありませんし、あーちゃんさんの大好きなわんこちゃんの世界にも無い。人間は強いのか弱いのか、たまに分からなくなる時があります。

かのこさん

墓も仏壇も不要…、いいですね。私も実は、散骨してもらいたい派なんです。海に戻るなんて、なかなかいいかも。前世は(と言っても前世など信じてない上でのお話ですが)、かのこさんはイルカあたりだったのでは? 
私はその辺にまいてもらいたいなあ。風が吹いたら、いつの間にかどこかに飛んでってしまった、というのがいいです。さりげなくて。
2008/04/21(月) 21:16 | URL | コメレスです #ZTGLyrdM[ 編集]
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