3人の子連れシングルファザー主夫がその日常生活を公開!  子育ての記録、お出かけの記録、大切なお話、メッセージなど。

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元来、私は大変ポジティブな精神の持ち主だと自分で思う。大概の事でクヨクヨしないし、凹む事も無い。仕事でクレームを抱えたり、失敗した時にガクッと来る事はあっても、後には引かない。会社で不正行為を強要された時も凹む事は無く、その時は「私はこの会社を必要としていない!」と思ったりしたので、やはりネガティブに支配される事は無かった。

そんな私が唯一、ネガティブな感覚にとらわれる時がある。

親不孝者との誹りを覚悟で書くが、「両親と会話する時」が、それである。

今は母親しかこの世にいないが、私は、どちらの親とも、折り合いが良くなかったし、親の前ではどうにも居心地が悪いのであった。

どうしてなんだろう? これは頭が変になる程考えた事がある。で、導き出された結論は3つ。

まず私。他人に対する要求が高すぎると思われる。また、親はこうあるべきだ、との考えが強すぎる。親が100人いたら100通りの考え方が有るはずなのに、私はそれを受け入れられない。特に、保守的ではない私は、非常に保守的な両親と、どうしても意見をすり合わすことが出来ない。

次に、私のトラウマ。

私は大変育てにくい子供で、母は「食べ物の好き嫌いが多い、全然食べてくれない」、などの悩みを強く抱えていたようだ。どうしても食べない私に無理やり食べさせようと、鼻をつまんで食事させることは日常茶飯事で、時には家の前に有る橋の欄干から私を突き落とそうとして、その恐怖感から私を食事に向かわせようとした。

私の最も幼いころの記憶。それは橋から落とされそうになる恐怖に支配され、必死に欄干にしがみついている自分と、母親の冷たい顔なのであった。

その当時、たぶん2歳くらいの事だと思う。こんな頃の記憶がいまだ強烈に残っているとは、余程の恐怖だったのだろう。目を閉じなくても、今でも容易にそのシーンを回想する事が出来る。つまり、私と母親との出会いは、無残なものであったと言う事だ

今でも母親の出す料理は食べる気がしない。口に合わない、と言うのがその理由だが、精神的な深いところで、幼児期の食事にまつわる体験が影響している可能性は、捨てきれない。

もしも今の世であれば、あれは虐待行為と言ってよいだろう。ただし、孤独に育児をしなくてはならなかった母親の心境は、今は十分理解できる。

三つ目。

私が抑うつ状態になり、仕事を辞めるきっかけを作った半分程度は、母親にある、と言う事実である。

妻の自殺で大いに乱れた心を、子供とともに、静かな生活を送る事で平常心を取り戻そうとしていた息子の心理を、母親は全く見抜く事が出来なかった。「頼むから頻繁にうちに来ないでくれ、勝手に家事をやらないでくれ」との懇願は、全く聞き入れられなかった。

「子供(つまり孫)が可哀想だから」と言うのが母の理由であるが、その短絡的な行動は、私の精神を確実に蝕み、長期的には極めて甚大なマイナスの影響を及ぼした。本来大好きだった会社(2社目)を辞めて、田舎に引っ込んで隠遁生活のような状態になったのは、そういう影響が大きい。

困った時にだけ手を差し出すのが親のはず、と言う親に対する私の理想論と、お前は既に困っていると判断し、問答無用で私の世話をしようとした母親の頭の中、両者の脳内には、完全に「
バカの壁」が出来ているのであった。

さて、今回久しぶりにマイナス思考の記事を書いているが、それには訳がある。それは、久しぶりに、思い切り「嫌な」手紙を母親から貰ったからである。

ここでも、「親たるもの、常に我が子を叱咤激励、支持し続けなければならない」と言う私の考えと、極めて保守的な親との間の、救いようが無いほど埋めがたい、大きな溝が横たわっていたのである。

お前は今まで苦労しているから、これ以上苦労しないように!

などと書かれてあって、こういう一文を見ると、大変な脱力感、無力感にとらわれる。

そもそも私は、「苦労」をした覚えは一度もないと思っている。結婚だって、妻の自殺と言う悲劇はあったものの、妻が私にもたらした多くの幸福は、何物にも代え難い私の大きな財産である

結婚生活が長いか短いか、それだけで結婚が成功したか失敗したかなど判断を下すのは、とても短絡的だし、第一結婚に失敗や成功などと言う尺度を持ち込んで良いのだろうか?などと考えてしまう。

私が妻を選んだ時、母親は「ガッカリして仕事が手につかなくなった」そうである。私は、そんな考えを持つ母親に、失望した。

久しぶりにこんなネガティブ思考にとらわれ、これじゃあ駄目だととある人に胸の内を吐露した時、その人は私にこう言ってくれた。

友人:「自分のお誕生日って何のためにあると思う?」
:「??どういう事? そんなの、考えた事が無いんだけど」

友人:「それはね、生んでくれてありがとう!って感謝するためにあるの」
:「!!それは、・・・・、今まで思った事の無い考え方だ! そうか、そう言う考えもあるのか。・・・・あー、とてもいいね、その考え方。なんか苦しい気持ちから解放される気分になる・・・・。」

母親がどうとか、私のマインドの問題とか、そんな事とは無縁な話をしてくれたのが、有り難かった。それだから余計に、私の心にストレートに飛び込んできた会話だった。

今まで母親の誕生日など、祝おうと思った事は無かったし、おそらくこれからも、そんな事は考えないだろう。

しかし、自分の誕生日に、「お母さん、僕を生んでくれてありがとう」と言う事ができたら、どんなに素晴らしい事だろうか。私に、それを言う勇気と柔軟性があるだろうか?

今の自分には、その自信は無い。しかし、今の自分が「苦労」など感じない生活を送れると言うのは、やはり感謝せねばならないだろうし、いずれ、言わねばならない努めなのだろう

いずれにしても、私を育ててくれた母親の一生は、もう、そう長くは無い。

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コメント
この記事へのコメント
ひとこと言いたいです。
この文章を母親・親類が見ていたらどう思うと考えますか?ブログで自分の思い・毒を出しているとご自分はスッキリして良いかもしれませんが、あまりに思いやりに欠けることと考えます。また、ことあるごとに親が勝手に家事をする云々とか書かれておりますが、親としては当たり前の行為だし、感謝しこそすれ非難するのはあまりに自己中心的と言わざるを得ません。ブログ拝見するとあなたも都合の良い時だけ子供を預けたりしているわけじゃないですか。自分のことを棚にあげてこのような文章を綴るのはどうなのでしょう。誕生日は両親に感謝をする日、そんなこと考えたこともないと言われていますが、普通の人間は両親に感謝をしつつ日々を生きているのですよ。過去のいきさつとか全て拝見しましたが、結果的に周囲の人々に迷惑をかけている筈。自分中心の思考を改めないと寂しく思います。
2008/08/01(金) 11:07 | URL | とおりすがり #-[ 編集]
ブログ、いわば日記は「親・親類」に読まれる可能性を考慮して書くものでしょうか?
(ブログは公開されているのだから・・と思われるかも思いますが、そういった点でもこの記事はひとつの情報としてプラスだと思います。)
親として当たり前の行為を、誰もがありがたいと感じるのではないと思います。
実際、塾長さんにとっては相当なストレスになっていたのです。
また「誕生日を両親に感謝をする日と捉えていなかった」というだけであって、「親に感謝していない」というものとは違うものだと私は感じました。

私もブログやHPで色々見させていただきましたが、塾長さんの何が、どう周囲の人に迷惑をかけているのか理解できません。

また、このようなコメントをする、とおりすがりさんのような方のことを「普通の人」と言うのでしょうか?
2008/08/01(金) 15:36 | URL | 運動靴 #-[ 編集]
とおりすがりさん

コメント、ありがとうございます。通常、自分を明らかにしない批判コメントは削除しますが、今回のコメントは十分理に叶っていると思いましたので、掲載しました。
まず第一に、ブログが親類に読まれている可能性についてですが、これは、ナンセンスでしょう。それを考えた瞬間、ブログは進化しなくなるでしょうし、つまらない、と言うか、情報価値の低い記述のオンパレードになってしまう恐れがあります。大切なのは、このように考える人が世の中にいる、と言う事です。
もしも私の子供が私を批判するブログを作っていたとしても、私はそれについて何らコメントしませんし、読みません。親兄弟がそれを見る事は、幸せな事ばかりではありません。
それと、勘違いさせてしまったのは私の文章力の無さからでしょうが、私は、親を非難するつもりは毛頭ありません。世の中には、このような事もあるのだという情報を記述しているにすぎません。
表面的な事でイライラさせてしまったようですが、本質は、そこには無いのです。
どんな親子にも、適切な距離感と言うのがあるのでしょう。
親しげにいつも一緒にいるのがしっくりくる親子もいれば、遠く離れて、必要最低限の会話しか交わさない親子もいる。
いろんな理由で、縁すら切ってしまった親子も多い。
私がブログで記述したい事は、「多様性」と言う点にあります(ブログの情報って、ロングテールですしね)。毒を吐くなどと言ったつまらない事は、全く考えておりません。

運動靴さん

コメント、ありがとうございます。
今回の記事を書くにあたり、通りすがりさんのおっしゃるような一般論は、既に頭の中で数百回反芻していますので、批判されても特にどうと言う事はないのですが、運動靴さんのように、逆に褒めて?いただくとは想像すらしなかったので、驚きであります。
そうなんです。私は親に感謝しているんですよ。でも、親にどのように感謝の気持ちを伝えて良いのか、それが分らないのです。
親といると、双方がイライラしてしまって、しょうがないんですね。
それよりも、私の気持ちが理解できる、と言う事であれば、運動靴さんも恐らく、似たような状況があるのかもしれません。
それはメンタルヘルス的には、かなりキツイのではないでしょうか。くれぐれも、無理なさらないでください。
2008/08/01(金) 16:38 | URL | コメレスです #ZTGLyrdM[ 編集]
はじめましてv-22
2年前に兄を自死で失いました。自死で検索してこちらのブログにたどり着き以後よくお邪魔しています。

今回の記事塾長さんの思いよ~くわかります。私も両親に対する苦い思い、トラウマがあり、親と話をすると脱力感に襲われマイナス思考にとらわれてしまいます。
こんな気持ち他の人に話す機会もなく自分の中でうまく処理できないでいました(>_<)
なんとなく塾長さんが身近に感じられて、足跡残させていただきましたv-22
2008/08/01(金) 20:47 | URL | みどり #W.ou6wjo[ 編集]
私も小さい頃母親から、今でいう「虐待」を受けていました。
自分が親になる時も、自分の母親のようにはなりたくないと思っています。
生き方も死に方も。

でも母親と私の関係は悪くなかったんですよ。
全く覚えていないんですが、私はこどもの頃母親に「産んでくれてありがとう」なんて言っていたらしいんです。(「いろんな言葉の中で一番嬉しかった。泣いた。」と母親から聞きました)

母親が病気の時、自分は必要ない人間だと思い苦しんでいた時に言ってあげていたら、今でも元気でいてくれたかもなぁ…なんて考えちゃいますね。

親子であっても人間どうし。合う合わないはぜったいにあると思います。
むしろ親子であるからこそ腹がたったり、関係がうまくいかない時もあると思います。

でも怒りの感情も感謝の気持ちも言いたいコトは相手のいるうちに全部伝えましょうね。
いなくなっちゃったら何も言えませんもん。
いなくなっちゃったら何を言っても返ってきませんもん。ね。

「産んでくれてありがとう」じゃなくても「産まれてきてよかった」「生きててよかった」とか、お母様が塾長さんを産まれたコトを誇りに思われる言葉からトライ!なんていかがでしょう。

なんかだらだらと偉そうなコト書いちゃってすみません。
2008/08/01(金) 22:10 | URL | なつ #-[ 編集]
私も運動靴さんの意見に賛成です。
親が読んだら傷つくとかって、誤解を恐れずに言えばものすごくナンセンスだと思うんですよね。
だって、塾長さんは2歳の段階で既に傷ついているわけで、それについてのお母様の行動は不問に付すってことですか?
終わったことだから?
儒教の影響だかなんだかわかりませんが、親孝行とか親は大事にしなければいけないって考え方は場合によっては危険だと思います。
子供の頃は反抗する力がないから何をされても耐えるだけ、大人になったら「親なんだから忘れてやれ」って、じゃあ親はやり逃げかよと。
仮に塾長さんのお母様がここでの文章を読んで傷ついたら傷ついたでいいのでは?
そこで反論するなり謝罪するなりあったとしても、無駄じゃないと思います。
ちなみに私は現在離婚調停中ですが、夫の義母への複雑な感情には毎回驚かされます。
「親は大事にしなければいけない(親の言うことは絶対)」と洗脳されているので、常に親の目を気にしてビクビクしている感じです。
私自身も親との壁はありましたが、20代に手紙を書いて一時期距離を置いたことで解決しました。
一種の解毒みたいなもので、苦しかったけど非常に有意義でしたね。

というわけで、塾長さんのおっしゃりたいことはよくわかります。
ただ、私は別に誕生日は母にありがとうと言う気はありません。
元気な赤ちゃんとして迎えられるよう大事におなかで育てて、必死に生むのは母親として当然のことだからです。
このことは母になって改めて確信しました。
むしろ子供には「私なんかのところに来てくれてありがとうございます」ぐらいの気持ちですね。
そのかわり、私の誕生日におめでとうって言ってくれたら嬉しいな。
2008/08/01(金) 22:13 | URL | 手のりたま #-[ 編集]
みどりさん、なつさん、手のりたまさん、

みんな、ありがとう! 私一人で、苦しんでいるのかと思いましたが、そうではないのだと分かった事で、かなり重圧から逃れる事ができました。

コメレスは、別途、8月2日付の記事にて、代えさせて頂きます。本当にありがとうございました。

みどりさん、辛かったでしょうね。僕にはその気持を、理解することができます。

なつさん、小さいころ、そのような事があったなんて、全く知りませんでした。なつさんのコメントには、癒されました。

手のりたまさん

距離を置く事の大切さ、身にしみて分かりました。離婚、うまく成立すると良いですね!
2008/08/02(土) 06:26 | URL | コメレスです #ZTGLyrdM[ 編集]
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